忍法帖読書雑記

山田風太郎先生の忍法帖シリーズについて書きます

江戸忍法帖

初出

週刊漫画サンデー」1959年8月25日号〜1960年2月22日号連載

時代

元禄14年(1701年)

主な出来事

  • 柳沢騒動

あらすじ

将軍徳川綱吉の時代。柳沢吉保は先代将軍家綱のご落胤の存在を確認すると、自身の権力掌握のため、ご落胤、葵悠太郎の殺害を甲賀忍者に命じた。

登場人物(葵一味)

葵 悠太郎(あおい ゆうたろう)

先代将軍徳川家綱のご落胤

織部 玄左衛門(おりべ げんざえもん)

葵悠太郎の家来。伊藤一刀斎門下の三鬼人といわれる腕前。

里見 隼人(さとみ はやと)

葵悠太郎の家来。織部玄左衛門の甥。

伴 兵馬(ばん ひょうま)

葵悠太郎の家来。葵悠太郎の乳母の子。

丹吉(たんきち)

葵悠太郎の家の隣に住む越後獅子芸人。

お縫(おぬい)

丹吉の姉。弟と同じく越後獅子芸人。

登場人物(甲賀七忍)

柳沢吉保により、徳川家綱のご落胤、葵悠太郎の殺害を命を受ける。

八剣 民部(やつるぎ みんぶ)

甲賀七忍のひとり。

忍法:肉鎧(にくよろい)

体を鋼の硬さに変質させ、刀をはねかえす。

天羽 七兵衛(あまは しちべえ)

甲賀七忍のひとり。

忍法:むささび落し(むささびおとし)

頭上から落ちてきて、相手を串刺しにする。

鵜殿 一風軒(うどの いっぷうけん)

甲賀七忍のひとり。

忍法:ながれ星(ながれぼし)

数十秒、無重力状態となり、宙に浮かぶ。術後は動けなくなるほど消耗する。

葉月(はづき)

甲賀七忍のひとり。

忍法:陽炎乱し(かげろうみだし)

五色の薄絹を宙に舞わせ、自身の分身とし、敵を撹乱する。

粂寺 外記(くめでら げき)

甲賀七忍のひとり。

忍法:霧閉し(きりとざし)

松の葉を食べ、煙を吐き出し、敵の視界を閉ざし、吹針で両眼を刺す。

寝覚 幻五郎(ねざめ げんごろう)

甲賀七忍のひとり。

忍法:幻五郎憑き(げんごろうつき)

眼を合わせた者を催眠術にかけ、操る。

空蝉 刑部(うつせみ ぎょうぶ)

甲賀七忍のひとり。

忍法:空蝉(うつせみ)

自身のぬけがらを残して、姿を消す。

登場人物(その他)

柳沢 出羽守 吉保(やなぎさわ でわのかみ よしやす)

江戸幕府老中。徳川家綱のご落胤、葵悠太郎の殺害を甲賀七忍に命じる。

おさめの方(おさめのかた)

柳沢吉保の妾。

鮎姫(あゆひめ)

おさめの方の妹。柳沢吉保の養女。葵悠太郎に拐われ、味方になる。

柳沢 吉里(やなぎさわ よしさと)

おさめの方と将軍綱吉の子。

水戸 黄門 光圀(みと こうもん みつくに)

水戸藩藩主。葵悠太郎の存在を認知している。

服部 玄斎(はっとり げんさい)

服部半蔵の分家にあたる子孫。甲賀伊賀忍者の総元締。

お志乃(おしの)

服部玄斎の姪。葵悠太郎を討った忍者と嫁になるよう云われるが、反発する。

感想

忍法帖シリーズ二作目にあたる本作は、柳沢吉保と徳川家の後継ぎを巡る物語で「護国女太平記」に描かれる柳沢騒動を題材としている。柳沢吉保の妾の子の父は綱吉かもよ?という瑣末な風説をよくフィーチャーしてくるなあと感心するが、偉い人にとっての邪魔者出現→暗殺のため、忍者登場の流れは忍法帖シリーズのひとつのテンプレートである。歴史の中にネタはいくらでもあるのだろう。前作が「甲賀忍法帖」になるので、比較すると、エロいのグロいのはなく、主人公も忍者ではないので、内容は割とあっさりした印象になる。エログロがないことが逆に特徴になっているといえるだろうか。そのためか、あまり人気がないようであり、前作ほどのインパクトに欠けるという点は同意だが、だとしても普通には面白い。この作品の見どころは、あまり動じない主人公、葵悠太郎に対して、ダブルヒロインとなるお縫、鮎姫のじゃじゃ馬ぶりが対照的で面白いところだと思う。強敵揃いの敵方忍者に対し、ヒロインも戦いに参加し、ギリギリのところで勝つところは、本当に手に汗握る。一般人が忍者を倒すって、あまりなくないですかね?あと、最後、水戸光圀が出てくるのだが、助さん、格さんまでもが登場し、完全な水戸黄門のパロディとなっているところに遊び心がある。この小説が書かれたのが1959年、こんな頃から水戸黄門ってあったのだっけ?と思い、wikipediaを調べてみると、1910年に映画が存在。1910年って、明治43年ですよ。日露戦争後、5年で水戸黄門が始まっていることの衝撃。ちなみに、初代と勘違いしていた東野英治郎水戸黄門は1964年放送開始。テレビシリーズの初代黄門様にあたる。無駄な知識が増えてしまった。忍法帖シリーズは勉強にもなる。

関連作品

魔界転生

初出

「大阪新聞」ほか 1964年12月18日〜1966年2月24日 「おぼろ忍法帖」として連載

時代

寛永15年(1638年)〜正保3年(1646年)

主な出来事

あらすじ

島原の乱に敗れた森宗意軒は忍法、魔界転生で剣豪たちを復活させ、江戸幕府への復讐を目論む。柳生十兵衛を仲間にするために復活した魔界衆が勝負を挑み、対峙していく。

登場人物(柳生衆)

柳生 十兵衛 三厳(やぎゅう じゅうべえ みつよし)

柳生宗矩の長男だが、柳生谷に放逐させられた。森宗意軒に魔界転生の対象として狙われ、魔界衆と対決していく。愛刀は三池典太。

磯谷 千八(いそや せんぱち)

柳生十人衆の一人。

逸見 瀬兵衛(へんみ せへえ)

柳生十人衆の一人。

伊達 佐十郎(だて さじゅうろう)

柳生十人衆の一人。

北条 主税(ほうじょう ちから)

柳生十人衆の一人。

小栗 丈馬(おぐり じょうま)

柳生十人衆の一人。

戸田 五太夫(とだ ごだゆう)

柳生十人衆の一人。

三枝 麻右衛門(さえぐさ あさえもん)

柳生十人衆の一人。

小屋 小三郎(こや こさぶろう)

柳生十人衆の一人。

金丸 内匠(かなまる たくみ)

柳生十人衆の一人。

平岡 慶之助(ひらおか けいのすけ)

柳生十人衆の一人。

登場人物(魔界衆)

天草 四郎 時貞(あまくさ しろう ときさだ)

島原の乱の反乱軍の総大将。島原の乱で討死するが、魔界転生する。

忍法:髪切丸(かみきりまる)

交合中の女の髪を輪にしたものを投げ、輪にかけたものを切断する。

荒木 又右衛門(あらき またえもん)

柳生流の剣士。鍵屋の辻の決闘で仇討ちの助太刀をしたのち、死亡するが、魔界転生する。

田宮 坊太郎 国宗(たみや ぼうたろう くにむね)

柳生但馬守の弟子となり、剣術を学び、父の仇討ちを遂げる。肺結核で死亡するが、魔界転生する。

宮本 武蔵(みやもと むさし)

二天一流の剣豪。病死するが、存命中に剣技を活かせなかったことを後悔し、魔界転生する。

宝蔵院 胤舜(ほうぞういん いんしゅん)

宝蔵院流槍術の名手。転生した天草四郎時貞に敗北し、さらなる力を得るため、自死し、魔界転生する。

柳生 又右衛門 宗矩(やぎゅう またえもん むねのり)

柳生石舟斎の五男。徳川家に仕え、但馬守を任官。江戸柳生家の当主。剣術指南としてではなく、本来の力を奮いたいとの欲求から、魔界転生する。

柳生 兵庫 利厳(やぎゅう ひょうご としよし)

柳生石舟斎から新陰流を相伝し、尾張柳生家の礎を築く。現在は隠居し、如雲斎と号す。転生した柳生宗矩に敗北し、魔界転生する。

秘伝鎧通し(ひでんよろいどおし)

鐘のような厚い鉄を貫いて、先にあるものを刺す。

登場人物(倒幕軍)

由比 民部之介 正雪(ゆい みんぶのすけ しょうせつ)

森宗意軒の弟子となり、倒幕を計画し、のちに「慶安の変」を起こす。忍法帖シリーズとしては「くノ一忍法帖」のお由比と豊臣秀頼の子にあたる。

森 宗意軒(もり そういけん)

島原の乱の反乱軍の軍師。忍法、魔界転生で魔界剣豪軍団を率いる。

忍法:魔界転生

森宗意軒が西洋の魔術と日本の忍法を融合させ、独創した死人を生き返らせる術。森宗意軒の切断した指を女性の子宮に宿らせ、忍体とし、死期が迫り、復活を熱願する男性と交合すると、1ヶ月後に女性の全身を押し破り、男性が生前と同じ姿で復活する。

登場人物(キリシタンくノ一)

森宗意軒に仕えるキリシタンくノ一。

クララ お品(くらら おしな)

柳生十兵衛魔界転生させるために大納言の女狩りから逃げてきたふりを装い、助けてもらった柳生十兵衛一行について行く。

ベアトリス お銭(べあとりす おせん)

森宗意軒の使いで江戸から紀州へやってくる。

フランチェスカ お蝶(ふらんちぇすか おちょう)

柳生十兵衛魔界転生させるために敵討ち志願として柳生道場に弟子入りする。壁に消え隠れることができる。

登場人物(紀州藩

徳川 頼宣(とくがわ よりのぶ)

紀伊大納言。徳川家康の第十子、徳川秀忠の弟で、徳川家光の叔父。森宗意軒と手を組み、幕府を乗っ取ろうとする。

牧野 兵庫頭(まきの ひょうごのかみ)

紀州藩五百石の家臣。

木村 助九郎(きむら すけくろう)

紀州藩六百石の家臣。柳生石舟斎の四高弟のひとり。新陰流の達人。

田宮 平兵衛 重正(たみや へいべえ しげまさ)

紀州藩八百石の家臣。田宮抜刀流の創始者

関口 柔心(せきぐち じゅうしん)

少林寺拳法を学んだ柔術の達人。

お縫(おぬい)

田宮平兵衛の娘。紀州藩の女狩りにより、魔界転生の忍体候補となる。

おひろ(おひろ)

関口柔心の娘。紀州藩の女狩りにより、魔界転生の忍体候補となる。

お雛(おひな)

木村助九郎の孫。紀州藩の女狩りにより、魔界転生の忍体候補となる。

関口 弥太郎(せきぐち やたろう)

関口柔心の息子、おひろの弟。柳生十兵衛から密書を託され、江戸に向かう。タ助、ハヤ助、ドン助という犬を連れている。

登場人物(根来衆

紀州藩に仕える根来忍者衆。三十人が牧野兵庫頭の命で動いている。

切目坊(きりめぼう)

根来忍者衆の一人。

一印坊(いちいんぼう)

根来忍者衆の一人。

阿西坊(あさいぼう)

根来忍者衆の一人。

可心坊(かしんぼう)

根来忍者衆の一人。

鉄心坊(てっしんぼう)

根来忍者衆の一人。

戒岳坊(かいがくぼう)

根来忍者衆の一人。

水炎坊(すいえんぼう)

根来忍者衆の一人。

登場人物(その他)

松平 伊豆守 信綱(まつだいら いずのかみ のぶつな)

幕府老中。江戸から島原の乱の討伐軍として活躍。出府しようとする徳川頼宣を止めにくる。柳生十兵衛と懇意。

感想

この作品の元々のタイトルは「おぼろ忍法帖」であったが、映画「魔界転生」にあわせて改変されている。「おぼろ忍法帖」もカッコいいが、「魔界転生」もスティーブン・セガールの映画、沈黙シリーズに1作品だけ紛れる「暴走特急」のようなクールさがある。忍法帖シリーズではあるものの、出てくる忍法はタイトルにもなっている「魔界転生」と他1コ「髪切丸」のみで、忍法合戦の物語ではないのだが、一ヶ月の妊娠期間から女性の全身を押し破って、死者が復活するという忍法、魔界転生インパクトは突出している。この怪しい魔界衆の復活を上巻をほぼまるまる使って描くワクワク感は贅沢そのもので、「地獄篇第一歌」というタイトルもスリリングだ。この敵方のひとり、由比正雪忍法帖シリーズの「くノ一忍法帖」のくノ一、お由比の子どもであるというシリーズのリンクも熱く、グッとくる。(丸橋忠弥も名前だけ登場)そして、下巻は主人公である柳生十兵衛の活劇になるのだが、この柳生十兵衛がとにかくカッコいい。隻眼といえば、伊達政宗夏侯惇ハンニバル・バルカ、キャプテン・ハーロック、ニック・フューリー、スネーク・プリスケン、ネイキッド・スネークなど、錚々たる人物を連想するが、柳生十兵衛をベストオブ隻眼に推したい。無骨で、女好きだが、優しく、強く、頭もキレる。後半は前半の怪しさから一転して、柳生十兵衛の活躍、魅力をたっぷり堪能した。そんな真剣勝負の最中、暴走する徳川頼宣と云うことを聞かない魔界衆に翻弄される牧野兵庫頭のアホさ加減は涙が出そうなほど笑わせてくれて、緩急も素晴らしい。結局、魔界衆は柳生十兵衛に無理に関わらなければ、打倒幕府は上手くいったのじゃないだろうかと思えてきて、ガバガバな計画と行動によるオチの脱力感も秀逸。ベストオブ忍法帖シリーズとして挙がることが多く、山風も気に入っていると聞くので、絶対に読んでいただきたい作品である。

関連作品

くノ一忍法帖

初出

「講談倶楽部」1960年9月号〜1961年5月号連載

時代

元和元年〜元和2年(1615〜1616年

主な出来事

あらすじ

大阪夏の陣で豊臣家は滅びたが、真田幸村の知略により、くノ一五人が豊臣秀頼の子胤を残していた。徳川家康は、孫、千姫の侍女として、くノ一が潜伏していることを知り、伊賀忍者を集め、暗殺を命じる。

登場人物(信濃くノ一衆)

真田幸村の命で、豊臣秀頼の子胤を宿したくノ一。蛇まといの秘法、水つぼの術を使用し、妊娠した。(秘法の詳細は不明)

お奈美(おなみ)

忍法、月ノ輪を使う信濃くノ一。

忍法:月ノ輪(つきのわ)

経血をつけると洗っても消せない印となる。

お瑤(およう)

忍法、筒涸らし、天女貝を使う信濃くノ一。

忍法:筒涸らし(つつからし

交合中に男の精と血を吸いとり、絶命させる。術者の命令を聞かせ、復命後に死なせることもできる。

忍法:天女貝(てんにょがい)

交合中に女性器の筋肉を収縮させ、男根が抜けなくなる。

お喬(おきょう)

忍法、天女貝を使う信濃くノ一。

忍法:天女貝(てんにょがい)

交合中に女性器の筋肉を収縮させ、男根が抜けなくなる。

お由比(おゆい)

忍法、夢幻泡影を使う信濃くノ一。

忍法:夢幻泡影(むげんほうよう)

女陰から泡を飛ばし、泡に包まれると精神状態が胎児となる幻覚をみる。元に戻るのに10日かかる。

お眉(おまゆ)

忍法、幻菩薩、やどかり、羅生門を使う信濃くノ一。薄い氷の上を歩くことができる。

忍法:幻菩薩(まぼろしぼさつ)

普賢菩薩を置き、男性に裸の女性の幻覚を見せ、発狂させる。女性には効果がない。

忍法:やどかり(やどかり)

口移しで胎児を相手の体内に移動させる。

忍法:羅生門(らしょうもん)

交合中に胎児が男根を掴み、体を離れられなくする。

登場人物(伊賀鍔隠れ衆)

服部半蔵の命で、千姫の侍女に紛れた信濃くノ一を千姫に悟られないよう暗殺しようとする。

鼓 隼人(つづみ はやと)

忍法、百夜ぐるまを使う伊賀忍者

忍法:百夜ぐるま(ももよぐるま)

心の影を操り、本人とは別に行動することができる。他人の心の影も切り離し、自在に操ることができる。

七斗 捨兵衛(しちと すてべえ)

忍法、肉鞘、人鳥黐を使う伊賀忍者。巨体だが、薄い氷の上を歩くことができる。

忍法:肉鞘(にくざや)

膠着力の高い精液を皮膚に塗ると、皮となり、拘束された際、脱ぎ捨てることができる。

忍法:人鳥黐(ひととりもち)

忍法、肉鞘と同じ性質の精液を障子などのものに塗り、鳥黐のように使う。

般若寺 風伯(はんにゃじ ふうはく)

忍法、日影月影を使う伊賀忍者。周囲の人の心音の数を数えることができる。阿福に惚れている。

忍法:日影月影(ひかげつきかげ)

催淫薬を塗った吹針で女を発情させ、口移しでもうひとりの自分を体内に吹き入れると、体を乗っ取り、自在に操ることができる。

雨巻 一天斎(あままき いってんさい)

忍法、穴ひらき、恋しぐれを使う伊賀忍者

忍法:穴ひらき(あなひらき)

一度、交合すると、女がさかりのついた牝犬のように術者の男に夢中になり、もう一度、交合すると死ぬ。

忍法:恋しぐれ恋しぐれ

精をあびせると、女の肌が精を吸収し、忍法、穴ひらきがかかった状態になる。女は術者の男を求めて、恋しぐれをあびた場所に戻ってくる。

薄墨 友康(うすずみ ともやす)

忍法、くノ一化粧を使う伊賀忍者

忍法:くノ一化粧

催淫薬を塗った吹針で女を発情させ、女陰から精を吸収し、その女性の姿になる。

登場人物(徳川家)

徳川 家康(とくがわ いえやす)

徳川家初代将軍。

徳川 秀忠(とくがわ ひでただ)

徳川家二代目将軍。

服部 半蔵 正成(はっとり はんぞう まさなり)

徳川家家臣。二代目服部半蔵

服部 源左衛門 正就(はっとり げんざえもん まさなり)

二代目服部半蔵正成の一子。三代目服部半蔵。配下が叛乱を起こし、逐電。汚名挽回のため、大阪城に潜入し、豊臣家の動向を探っている。

服部 半蔵 正重(はっとり はんぞう まさしげ)

二代目服部半蔵正成の二子。四代目服部半蔵。妻の父、大久保長安の逆謀により、改易。

服部 半蔵 正広(はっとり はんぞう まさひろ)

二代目服部半蔵正成の三子。五代目服部半蔵。劇中の服部半蔵はこの人。徳川家康の命で、伊賀鍔隠れ衆五人を招集する。

忍法:内縛陣(ないばくじん)

外部から内部への侵入をふせぐ陣をはる。

忍法:外縛陣(げばくじん)

内部から外部への逃走をさまたげる陣をはる。

吉田修理介(よしだ しゅりのすけ)

徳川家家臣。江戸に千姫の御殿を建築中。

阿福(おふく)

竹千代の乳母。のちの春日局

竹千代(たけちよ)

徳川家康と鷹狩にいく。のちの徳川家光

お志津(おしづ)

千姫の婢。薄墨友康の忍法、くノ一化粧にかかる。

胡蝶(こちょう)

徳川家侍女。薄墨友康の忍法、くノ一化粧にかかる。

桔梗(ききょう)

徳川家侍女。般若寺風伯の忍法、日影月影にかかる。

徳川 頼宣(とくがわ よりのぶ)

徳川家康の第十子。千姫に好意をもち、徳川家と対立する千姫をかくまう。

安藤 帯刀(あんどう たてわき)

徳川頼宣の老臣。

登場人物(坂崎家)

坂崎 出羽守(さかざき でわのかみ)

徳川家家臣。大阪夏の陣で、大阪城から千姫を救い、火傷を負う。口約束で千姫の婚約者となるが、千姫からは豊臣家への忠、徳川家康からは火傷の顔により、冷たくあしらわれる。

成瀬 十郎左衛門(なるせ じゅうろうざえもん)

坂崎家家臣。主人の使いで、千姫に会いにいき、行方不明となる。

戸田 坂内(とだ ばんない)

坂崎家家臣。主人の使いで、千姫に会いにいき、行方不明となる。

大友 彦九郎(おおとも ひこくろう)

坂崎家家臣。主人の使いで、千姫に会いにいき、行方不明となる。

莚田 忠兵衛(むしろだ ちゅうべえ)

坂崎家家臣。第2の使いとして、千姫に会いにいく。

黒沢 主膳(くろさわ しゅぜん)

坂崎家家臣。第2の使いとして、千姫に会いにいく。

関 主殿助(せき とのものすけ)

坂崎家家臣。第2の使いとして、千姫に会いにいく。

初音(はつね)

成瀬 十郎左衛門の妹。関主殿助の許嫁。男装し、第2の使いとして、千姫に会いにいく。

落合 閑心(おちあい かんしん)

坂崎家老臣。第3の使いとして、勝手に千姫に会いにいく。

登場人物(豊臣家)

豊臣 秀頼(とよとみ ひでより)

豊臣秀吉の子。豊臣家の主。大阪夏の陣で自害。

千姫(せんひめ)

豊臣秀頼の妻。徳川秀忠の娘。徳川家康の孫。大阪夏の陣後、徳川家に迎えられるが、豊臣家への忠を貫き、徳川家と敵対する。

真田 左衛門佐 幸村(さなだ さえもんのすけ ゆきむら)

豊臣家家臣。大阪夏の陣で討死。五人の信濃くノ一に豊臣秀頼の子胤を残すよう命じる。

才蔵(さいぞう)

真田家家臣。

丸橋(まるはし)

長宗我部盛親の妻。長宗我部盛親が阿福のいとこで、面識がある。豊臣方の夫の無念を晴らすため、徳川家康の命を狙っており、千姫とくノ一衆と協力関係を結ぶ。剛力無双、鎖鎌の達人。

感想

くノ一が主人公ということで、男女ともに性を扱った忍法が多いのが特徴的である。特に胎児を使う忍法「やどかり」「羅生門」は術者が妊婦でなければならず、本作を最も象徴する忍法だろう。奇抜さに驚き、しょうもなさに脱力させられる感覚は抜群だ。そんなくノ一忍法は突出してエロいということはなかったが、結構、グロい描写もある。忍法帖シリーズをみんなに読んでもらいたいと願ってやまない私であるが、万人にお勧めできるものではなかったなと心構えを改めた。忍者のように慎重に行動していきたい。また、本作は徳川家家臣の坂崎出羽守という人物が面白く、忍者以外にも見どころがある。坂崎は、大坂夏の陣で、炎上する大阪城から千姫を救ったものを千姫の婚約者にすると徳川家康に云われ、千姫を救うが、顔にひどい火傷を負ってしまう。すると、火傷のせいで、徳川家康は約束を守ってくれず、千姫も豊臣家への忠を曲げず、二人から避けられることに。さらに、婚約の件を千姫に訴えにいった部下たちが、くノ一衆にことごとく殺されてしまうという散々な目にあう。悲哀に、応援したくなるが、これ以外のことは特に何も起こらないところがクールだ。世は諸行無常なのである。やりたい放題ながらも、史実には沿うという律儀な忍法帖シリーズであるが、本作の「慶安の変」につながるラストは美しく、儚く、読後感も素晴らしいものであった。

関連作品

忍法八犬伝

初出

週刊アサヒ芸能」1964年5月3日号〜11月29日号連載

時代

慶長18〜19年(1613〜1614年)

主な出来事

なし

あらすじ

里見家に代々伝わる八顆の珠が盗まれた。期日に将軍家に献上できなければ、里見家は取り潰しになってしまう。八犬士の息子たちは村雨姫を救うため、服部半蔵率いる伊賀くノ一衆との珠取り合戦を開始する。

登場人物(老八犬士)

里見家老臣。初代里見家、里見義実に従って戦った八人の勇士の末孫。里見家に伝わる八つの珠をそれぞれが持ち、八房という名の白い巨大な犬を連れている。珠を盗まれると、自害し、珠の奪還を子に託した。

犬塚 信乃(父)(いぬづか しの)

「考」の珠を「弄」の珠にすり替えられる。

犬飼 現八(父)(いぬかい げんぱち)

「信」の珠を「淫」の珠にすり替えられる。

犬川 壮助(父)(いぬかわ そうすけ)

「義」の珠を「戯」の珠にすり替えられる。

犬山 道節(父)(いぬやま どうせつ)

「忠」の珠を「惑」の珠にすり替えられる。

犬田 小文吾(父)(いぬた こぶんご)

「悌」の珠を「悦」の珠にすり替えられる。

犬江 親兵衛(父)(いぬえ しんべえ)

「仁」の珠を「狂」の珠にすり替えられる。

犬坂 毛乃(父)(いぬさか けの)

「智」の珠を「盗」の珠にすり替えられる。

犬村 角太郎(父)(いぬむら かくたろう)

「礼」の珠を「乱」の珠にすり替えられる。

登場人物(八犬士)

甲賀卍谷での修行をサボり、放蕩していたが、村雨の説得で、八顆の珠を取り返しにいく。

犬塚 信乃(子)(いぬづか しの)

幼名は小信乃。修行放棄後、女装の軽業師となる。「弄」の珠と犬塚信乃の名を父より受け継ぐ。

忍法:くノ一だまし(くのいちだまし)

女になりきり、くノ一を誘惑する。

犬飼 現八(子)(いぬかい げんぱち)

幼名は現五。修行放棄後、西田屋の女郎屋者になる。「淫」の珠と犬飼現八の名を父より受け継ぐ。

忍法:陰武者(かげむしゃ)

交合中に男根の皮を女性器の中に残すと、皮が女性器を刺激し続け、女は間断ない恍惚状態に陥り、男のいうことを何でも聞いてしまう。

犬川 壮助(子)(いぬかわ そうすけ)

修行放棄後、江戸山四郎という名の狂言作家になる。「戯」の珠と犬川壮助の名を父より受け継ぐ。

犬山 道節(子)(いぬやま どうせつ)

修行放棄後、香具師となる。「惑」の珠と犬山道節の名を父より受け継ぐ。

犬田 小文吾(子)(いぬた こぶんご)

幼名は大文吾。修行放棄後、乞食になる。「悦」の珠と犬田小文吾の名を父より受け継ぐ。

犬江 親兵衛(子)(いぬえ しんべえ)

幼名は小兵衛。修行放棄後、野ざらし組となる。「狂」の珠と犬江親兵衛の名を父より受け継ぐ。

忍法:地屏風(ちびょうぶ)

縦横の感覚を逆転する錯覚を見せる。

犬坂 毛乃(子)(いぬさか けの)

修行の放棄後、盗賊になる。「盗」の珠と犬坂毛乃の名を父より受け継ぐ。

忍法:摩羅蝋燭(まらろうそく)

交合中に切断した男根を燃やし、生じた影を自在に操る。

犬村 角太郎(子)(いぬむら かくたろう)

幼名は円太郎。修行放棄後、軍学者として、小幡勘兵衛景憲の弟子となる。「乱」の珠と犬村角太郎の名を父より受け継ぐ。

忍法:肉彫り(にくぼり)

人間の顔を刻み、切り貼り、削り、こねまわして、別の人間の顔をつくる。一度、肉彫りで変えた顔は元に戻らない。

登場人物(伊賀くノ一衆)

服部半蔵の命で里見家の八顆の珠を盗む。その後、江戸山四郎から踊りを習い、女かぶきとして豊臣家に潜入しようしていたが、八犬士の宣戦布告を買い、対決する。

船虫(ふなむし)

「義」の珠をもつくノ一衆のリーダー。犬田小文吾に左眼を潰され、眼帯をしている。

玉梓(たまずさ)

「礼」の珠をもつくノ一。

朝顔(あさがお)

「悌」の珠をもつくノ一。

夕顔(ゆうがお)

「智」の珠をもつくノ一。

吹雪(ふぶき)

「考」の珠をもつくノ一。

椿(つばき)

「忠」の珠をもつくノ一。

忍法:天女貝(てんにょがい)

交合中に女性器の筋肉を収縮させ、男根を鬱血させ、壊死させる。

左母(さも)

「仁」の珠をもつくノ一。壁に垂直に立つことができる。油を撒き、炎を操る。

牡丹(ぼたん)

「信」の珠をもつくノ一。

忍法:袈裟御前(けさごぜん)

交合中に男根を薄膜で覆うと、薄膜が男根を刺激し続けるが、薄膜により射精を遮られ、男は悶絶し、逆流した精液を口から吐いて死ぬ。

登場人物(里見家)

里見 安房守 忠義(さとみ あわみのかみ ただよし)

徳川家家臣。安房領主。人望は薄く、八犬士からは馬鹿にされている。

村雨(むらさめ)

里見忠義の妻。珠を取り返すために、ひとりで八犬士を探しにいく。

印藤 采女(いんどう うねめ)

里見家家老。八顆の珠をりんの玉にして、女芸者と里見忠義を遊ばせ、珠を盗まれる。

正木 大膳(まさき たいぜん)

里見家家老。

滝沢 瑣吉(たきさわ さきち

犬山道節(父)の若党。老八犬士の息子たちを呼び戻すために甲賀卍谷へ行く。

登場人物(徳川家)

徳川 秀忠(とくがわ ひでただ)

徳川二代目将軍。

竹千代(たけちよ)

徳川秀忠の嫡男。後の徳川家光。里見家の八顆の珠を欲しがる。

本多 佐渡守 正信(ほんだ さどのかみ まさのぶ)

徳川家家臣。里見家から八顆の珠を盗むよう服部半蔵に命令する。大阪攻めに反対する大久保相摸守を排除したい。

服部 半蔵(はっとりはんぞう)

徳川家家臣。二代目服部半蔵本多正信から里見家の八顆の珠を盗むよう命令される。

忍法:外縛陣(げばくじん)

内部から外部への逃走をさまたげる陣をはる。

忍法:内縛陣(ないばくじん)

外部から内部への侵入をふせぐ陣をはる。

忍法:陰舌(いんぜつ)

竹筒を女の口に咥えさせ、口を犯すと恍惚状態となり、上の口と下の口が入れ替わり、女性器が何でもしゃべってしまう。

大久保 相摸守 忠隣(おおくぼ さがみのかみ ただちか)

徳川家家臣。小田原領主。孫娘が里見忠義の妻。

小幡 勘兵衛 景憲(おばた かんべえ かげのり)

軍学者織田有楽斎を通じ、徳川家の間者として、豊臣家に仕える。

登場人物(その他)

織田 有楽斎(おだ うらくさい)

豊臣家家臣。織田信長の弟。服部半蔵と内通している。

向坂 甚内(こうさか じんない)

風摩忍者。犬坂毛乃の盗賊の師匠。忍法、摩羅蝋燭を犬坂毛乃に伝授する。

お蛍(おけい)

甲賀卍谷の忍者。犬江親兵衛に忍法、地屏風を伝授する。

感想

本作は「南総里見八犬伝」のパロディで、八犬士の末裔が主人公である。主人公が8人もいると、冷徹無比に死んでいきそうだが、それぞれ人間味のある人物に描かれているのが面白い。まず、八犬士は忍者修行を放棄した放蕩者で、父の遺言には耳もかさなかったのに、惚れた村雨姫のためにあっさりと命を投げだして、戦いに身を投じていく純情が熱い。しかも、8vs8と見せかけて、みんな勝手に戦いにいって死ぬというチームワークのなさにもグッとくる。村雨姫も可憐、猪突猛進のおてんばぶりが魅力的で、この八犬士の命がけにも、なかなかの説得力がある。私は、漫画「北斗の拳」の雲のジュウザを思い出したのだけれども、トンデモ忍法のせいで、ジュウザvsラオウが8回あるというわけではないものの、戦いに赴くまでの過程には、近いエッセンスがあると思う。他人から同意を得られたことはないが、「北斗の拳」が好きで本書を未読の方、おられましたら、ぜひ読んでみてください。トンデモ忍法のせいでと書いたが、命がけの戦いの中に摩羅蝋燭、袈裟御前、陰舌など、突拍子もない下ネタ忍法を平然とぶちこんでくる面白さも本作の魅力だ。事件の発端も膣の中で鈴を鳴らす女芸者の登場によるもので、いい意味で実にくだらない。オチも綺麗にハマっていて、本当によくこんなこと考えつくよなあと感動さえ覚える。山風の奇才さを存分に感じられる作品であろう。

関連作品

伊賀忍法帖

初出

週刊漫画サンデー」1964年4月1日号〜8月26日号連載

時代

永禄5年〜天正5年(1562〜1577年)

主な出来事

あらすじ

松永久秀は主の嫡男、三好義興の妻、右京太夫を自分のものにするため、果心居士の弟子、根来僧に惚れ薬の作ることになる。惚れ薬を作るには女性の愛液を必要とする。伊賀忍者、笛吹城太郎の妻、篝火が狙われ、殺されてしまう。笛吹城太郎は復讐を誓い、根来僧との戦いに身を投じていく。

登場人物

笛吹 城太郎(ふえふき じょうたろう)

伊賀鍔隠れの里の忍者。妻、篝火を根来僧に殺され、復讐する。

忍法:無息の術(むそくのじゅつ)

水中に数分潜り、波をたてずに移動する。

篝火(かがりび)

堺の遊女だったが、笛吹城太郎の妻となり、伊賀忍法を修得。上質の淫石が作れるため、根来僧に狙われる。

忍法:三日月剣(みかづきけん)

鋭利な手刀で剣のようにものを斬る。

果心居士(かしんこじ)

幻術師。松永久秀に根来僧を貸し、惚れ薬を作って、右京太夫を奪うよう唆す。

千 宗易(せんの そうえき)

平蜘蛛の釜を松永久秀に献上する。後の千利休

服部 半蔵(はっとり はんぞう)

初代服部半蔵。伊賀の首領で、笛吹城太郎の伯父。笛吹城太郎に使いを命じたら、一年間、帰ってこず、怒っている。

忍法:風閂(かざかんぬき)

ながい髪の毛を張り、触れた人間を切断する。

上泉 伊勢守 信綱(かみいずみ いせのかみ のぶつな)

剣聖と称される剣技の達人で、新陰流の祖。柳生新左衛門を買っている。

登場人物(根来僧)

果心居士の弟子。惚れ薬を作り、右京太夫松永久秀のものにしようと暗躍する。女を犯した際、大量の愛液を流させる術を全員身につけている。

風天坊(ふうてんぼう)

忍法、鎌がえし、枯葉がえしを使う根来僧。

忍法:鎌がえし(かまがえし)

鎌を投げ、獲物に命中しなければ、ブーメランのように手元に戻ってくる。

忍法:枯葉がえし(かれはがえし)

体を鎌のように折り曲げ、空を飛び、ブーメランのように元の場所に戻ってくる。

空摩坊(くうまぼう)

破軍坊と忍法、火まんじを使う根来僧。

忍法:火まんじ(ひまんじ)

自分の血で卍を描くと、青い炎が立ちのぼり、炎が流した血のあとをたどって、敵を焼く。

虚空坊(こくうぼう)

忍法、かくれ傘を使う根来僧。

忍法:かくれ傘(かくれがさ)

傘に人を閉じ込め、運び去る。人を攫う場合は、傘の内側にある鏡を見せ、事前に催眠術にかける。

羅刹坊(らせつぼう)

忍法、壊れ甕を使う根来僧。

忍法:壊れ甕(こわれがめ)

切断した人間を別の切断した人間と繋ぎ合わせ、生き返らせる。両人の血はまじり合い、生命力の強い方は、別人格を持った人間となり、他方は廃人となる。使用する針は人骨を削り出したもので、糸は女性の陰毛。同じ人間の切断も繋ぎ合わせることができる。

金剛坊(こんごうぼう)

忍法、天扇弓を使う根来僧。

忍法:天扇弓(てんせんきゅう)

投げた扇子から鋭い針を飛ばし、攻撃する。

破軍坊(はぐんぼう)

空摩坊と忍法、火まんじを使う根来僧。

忍法:火まんじ(ひまんじ)

自分の血で卍を描くと、青い炎が立ちのぼり、炎が流した血のあとをたどって、敵を焼く。

水呪坊(すいじゅぼう)

忍法、月水面を使う根来僧。

忍法:月水面(げっすいめん)

女性の経血で浸した紙を投げつけ、相手に強力に貼りつく。

登場人物(三好家)

三好 長慶(みよし ながよし)

畿内阿波国の大名。

三好 義興(みよし よしおき)

三好長慶の嫡男。

右京太夫(うきょうだゆう)

三好義興の妻。絶世の美姫。松永久秀に狙われる。

松永 弾正 久秀(まつなが だんじょう ひさひで)

三好家家老。信貴山城城主。右京太夫に惚れる。

漁火(いさりび)

松永久秀の妻。

柳生 新左衛門(やぎゅう しんざえもん)

大和国柳生の庄の主。松永久秀支配下にあるが、快く思っておらず、笛吹城太郎を助ける。上泉信綱に剣技の教えを請い、柳生石舟斎となる。

感想

甲賀忍法帖」が多vs多の構造を持つことの対比として「伊賀忍法帖」は1vs多であることが特徴的だ。お色気忍法はないものの、まず、冒頭の惚れ薬の作り方が強烈にエロくて、一気に惹きつけられる。その惚れ薬の作り方とは、女性の愛液を名器の釜で何度も煮詰め、滓を大きくしていき、淫石を作る。その淫石で煮た茶を女性に飲ませ、その後、最初に見た男性が好きになるというもの。犯された女性はあまりの気持ちよさに10人に5人は死に、生き残っても狂人か廃人になってしまう衝撃。ギャグ漫画などで、惚れ薬による騒動など、よく見るが、本作の惚れ薬は作り方がエグすぎて、ここまでやれば本当に惚れ薬ができそうな説得力、ドキドキ感がある。振り返ると、笛吹城太郎の忍法は、実は、水中で気配を悟られずに移動する「無息の術」しかなく、妙に地味ではあったが、物語としての展開がいくつもあり、根来僧の使う多彩な忍法で、全く飽きさせない。本作の史実との関わり方も秀逸で、東大寺の火災、松永久秀の最後など、細部不明の歴史の解釈として、非常にロマン深い。司馬遼太郎だって創作なのだから、忍法帖だって歴史小説と扱っていいじゃないのと思うのだ。

関連作品

忍法忠臣蔵

初出

週刊漫画サンデー」1961年11月25日号〜1962年4月21日号連載

あらすじ

元禄14年、松の廊下刃傷事件により、浅野家は断絶。家臣たちが仇討ちを画策する中、吉良の長男、上杉綱憲は父を守るため、赤穂浪士暗殺を能登組忍者に命じる。上杉家家臣、千坂兵部は赤穂浪士暗殺は世情の反感を買い、上杉家の名を落とすと考え、無明綱太郎と能登組くノ一に能登組忍者による赤穂浪士暗殺の阻止と赤穂浪士を色仕掛けで堕落させ、仇討ちを阻止を命じた。

時代

元禄14〜15年(1701〜1702年)

主な出来事

登場人物(無明家)

無明 綱太郎(むみょう つなたろう)

伊賀忍者の末裔。17の時、鍔隠れの里で忍術を学ぶ。父の跡を継ぎ、大奥御広敷に勤めるが、事件を起こし、上杉家の食客となる。多彩な忍術の使い手であり、名前のない術として、紙でものを包丁のように斬る、髪を薙いで作った黒い網を鞭として扱う、菊の花びらを操り、発火させる、火の網を投げるなどがある。やる気になれば、ひとりで赤穂浪士四十七人を二、三日で倒せるほどの力があるらしい。

忍法:蜘蛛の糸巻(くものいとまき)

唾液の糸で作った粘着力のある網を口から吐き出し、敵を絡め捉える。

忍法:鵞毛落とし(がもうおとし)

何百羽もの水鳥を操り、羽毛の渦で敵を包み込む。

忍法:浮寝鳥(うきねどり)

体重をなくす術。枯蓮の上を歩ける。

無明 伝左衛門(むみょう でんざえもん)

無明綱太郎の伯父。大奥御広敷添番。

登場人物(能登組忍者)

上杉謙信の代から上杉家に使える忍者軍団。上杉綱憲から赤穂浪士暗殺の命を受ける。

瓜連 兵三郎(うりつら ひょうざぶろう)

黒い紙を蝶に変え、操る。毒粉をとばしたり、蝶と糸を結び、盗聴する。

浪打 丈之進(なみうち じょうのしん)

忍法、血虫陣の使い手。両腕がない。

忍法:血虫陣

体内に虫を飼い、それを吐き出し、操る。虫は血を吸い、敵を失血させる。

鴉谷 笑兵衛(からすや しょうべえ)

忍法、偕老同穴の使い手。

偕老同穴(かいろうどうけつ)

海綿で作った人形を操る。人形は水を吸い、人間の大きさに巨大化する。

万 軍記(よろず ぐんき)

忍法、南北杖の使い手。術で敵の武器を奪い、毒を塗った扇でとどめを刺す。

忍法:南北杖(なんぼくじょう)

杖から磁力を発し、刀を奪う。

白糸 錠閑(しらいと じょうかん)

骨を軟骨化し、体の大きさを変える術を使い、竹の中に潜む。

鍬形 半之丞(くわがた はんのじょう)

忍法、金剛網の使い手。

忍法:金剛網(こんごうもう)

四人で網を張り、網を通過したものを両断する。一度の使用で、術者の寿命が三年縮むらしい。

折壁 弁之助(おりかべ べんのすけ)

忍法、金剛網の使い手。

月ノ輪 求馬(つきのわ もとめ)

忍法、金剛網の使い手。

女坂 半内(めのさか はんない)

忍法、金剛網の使い手。

穴目 銭十郎(あなめ せんじゅうろう)

忍法、一ノ胴の使い手。

忍法:一ノ胴(いちのどう)

体を鉛に変え、刃による攻撃を無効化する。

登場人物(能登組くノ一)

千坂兵部から赤穂浪士を色道に堕とし、仇討ちをやめさせるよう命を受ける。

お琴(おこと)

忍法、おんな灯心で奥野将監を誘惑する。粘性の唾で出血を止めることができる。

忍法:おんな灯心(おんなとうしん)

交わった男の男根が無限の性欲に支配され、女を犯し続けてしまうようになる。男根を切断すると術から逃れられる。

お弓(おゆみ)

忍法、歓喜天で進藤源四郎と矢頭右衛門七を誘惑する。

忍法:浮舟(うきふね)

体重をなくす術。伊賀忍法、浮寝鳥と同じ。

忍法:歓喜天(かんぎてん)

交わった男と女の体が入れ替わる術。再度、交わると、入れ替わった男女の体は元に戻る。

お桐(おきり)

吉原の遊女になりすまし、忍法、摩羅蠟で大石内蔵助を誘惑する。

忍法:摩羅蠟(まらろう)

交わった男の性器と自身の性器を血管で結合し、離れられなくする。

お梁(おりょう

針を吹き込むと、被術者は交合時に針が経穴から噴出し、交合相手を殺傷する術で、田中貞四郎を貶める。

お杉(おすぎ)

胎児の幻覚を見せる術で、高田郡兵衛を貶める。

鞆絵(ともえ)

貧困により、身を売った赤穂浪士の身内である五人の女を詰め込んだ長持を上杉綱憲に献上し、毛利小平太に見せる。

登場人物(赤穂浪士

大石 内蔵助(おおいしくらのすけ)

お桐の摩羅蠟にかかるが、穴目銭十郎の急襲により術を逃れ、討ち入りに参加する。

奥野 将監(おくの しょうげん)

お琴のおんな灯心により、脱盟。

不破 数右衛門(ふわ かずえもん)

お琴のおんな灯心にかかるが、男根を切断し、術を逃れ、討ち入りに参加する。

進藤 源四郎(しんどう げんしろう)

お弓の歓喜天により、脱盟。

小山 源五左衛門(こやま げんござえもん)

大石内蔵助の伯父。山科会議で脱盟を宣言した進藤源四郎(歓喜天で入れ替わったお弓)に動揺し、脱盟。

矢頭 右衛門七(やとう えもしち)

歓喜天でお弓と入れ替わったお弓の性器を自傷し、術を逃れ、討ち入りに参加する。

高田 郡兵衛(たかだ ぐんべえ)

お杉の催眠術にかかり、遠縁の娘に手を出したところを娘の父に目撃され、婚姻せざるをえなくなり、脱盟。

田中 貞四郎(たなか さだしろう)

お梁の術にかかり、想い人を交合中に死なせてしまい、乱心し、脱盟。

毛利 小平太(もうり こへいた)

貧困により、身を売った赤穂浪士身内の五人の女を鞆絵に見せられ、変心。大石内蔵助を討とうとするが、本懐を遂げることを望んだ五人の女たちによって阻止され、脱盟。

登場人物(上杉家)

上杉 綱憲(うえすぎ つなのり)

米沢藩藩主。吉良上野介の長男。赤穂浪士の仇討ちを阻止するため、能登組忍者に暗殺を命じる。

千坂 兵部(ちざか ひょうぶ)

米沢藩家老。無明綱太郎と女忍者に能登組忍者による赤穂浪士暗殺の阻止と赤穂浪士を色仕掛けで堕落させ、仇討ちを阻止するよう命じる。

千坂 織江(ちざか おりえ)

千坂兵部の娘。上杉綱憲に目をかけられ、逃げ出したところを追手に追われるが、無明綱太郎に助けられる。おゆうに似ている。

登場人物(その他)

徳川 綱吉(とくがわ つなよし)

目掛けのおゆうと寝につこうとして、忍術で人間刺身となって死ぬおゆうを目の当たりにする。

浅野 内匠頭(あさの たくみのかみ)

松の廊下刃傷事件で、吉良上野介に斬りかかり、切腹

吉良 上野介(きら こうずけのすけ)

松の廊下の刃傷事件で、浅野内匠頭に斬られ、その後、赤穂浪士に討たれる。

俎 銀兵衛(まないた ぎんべえ)

大奥御前所の料理人。表御前所との料理試合に無明綱太郎の協力を仰ぐ。

おゆう(おゆう)

俎銀兵衛の娘。大奥の女中をしているところを無明綱太郎に見初められるが、将軍の目に留まり、目掛けになることを選ぶ。

感想

史実はそのままに、実は赤穂浪士の脱盟者の一部は能登くノ一の手にかかっていたという構成の巧みさと、くノ一の女性ならではの忍法の奇抜さが本書の魅力であると思う。個人的には、歓喜天と摩羅蠟が自分もかかりたいエロさで気に入った。大石内蔵助も摩羅蠟から逃れたことを惜しんでいたが、真面目な中に演出されるとぼけた感じも味わい深く、緩急が上手い。戦いの中、なぜか浪士側に入れ込んでしまうくノ一の唐突な純情さにも絶妙な可笑しみがある。そんなで、能登組忍者と能登組くノ一の暗躍が描かれていくのだが、みんな結構、あっさり死んでしまう。物語的には物足りない感じもしないでもないが、一瞬で勝負がつく忍者の達人性、非情さを表現しているのではないだろうか。中でも、抜群の強さを誇る無明綱太郎は主人公でありながら、闘いを見守る役に徹しており、あまり出てこないが、本気を出したら何が起こるだろうというワクワク感もたまらない。惚れた女の忠義は認めない彼が、赤穂浪士の忠義との対比になっているところも秀逸な構成で、唸るばかりだ。

関連作品

甲賀忍法帖

初出

「面白倶楽部」(光文社)1958年12月号〜1959年11月号連載

あらすじ

400年に及び争い合っていた甲賀、伊賀は服部半蔵の不戦の約定により、和平を保ってきたが、徳川家康の命により、徳川三代目の後継ぎを甲賀忍者伊賀忍者10対10の決闘の勝者で決定することとなる。不戦の約定は破られ、甲賀、伊賀による壮絶な忍術合戦が始まった。

時代

慶長19年(1614年)

主な出来事

なし

登場人物(甲賀卍谷衆)

甲賀 弾正(こうが だんじょう)

甲賀卍谷衆頭領。口から毒針を吐き出す。かつてのお幻の恋人。

甲賀 弦之介(こうが げんのすけ)

見た者の殺意を跳ね返し、同士討ちまたは自身を攻撃してしまう瞳術を使う。甲賀弾正の孫。朧の恋人。

地虫 十兵衛(じむし じゅうべえ)

手足がないが、皮膚が蛇のような鱗状になっており、波状運動で高速移動する。体内に飲み込んだ一尺(30.3cm)ほどの槍を口から吐き出し、敵を貫く。

風待 将監(かざまち しょうげん)

蜘蛛人間。壁に貼り付くことができ、粘性の痰を吐く。四つ這いで走り、50里(195km)を一昼夜で駆ける。

霞 刑部(かすみ ぎょうぶ)

体毛がない大男。体色を自在に変え、壁や地面に溶け込み同化する隠形の術で身を隠し、怪力で敵を絞め殺す。

鵜殿 丈助(うどの じょうすけ)

太っているが、体全体が伸縮し、鞠のように転がったり、跳ねたりする。体より大きい隙間も伸縮により、すり抜ける。

如月 左衛門(きさらぎ さえもん)

泥で作った人の顔型に自分の顔をうずめると、その人の顔に変身する。声も同化させることができ、他人になりすまし、敵を騙し討つ。お胡夷の兄。

室賀 豹馬(むろが ひょうま)

盲目だが、夜のみ甲賀 弦之介と同じ瞳術を使うことができる。甲賀弦之介の師。

陽炎(かげろう)

情欲にかられると吐息が毒となり、触れた相手を死に至らす。

お胡夷(おこい)

肌と肌を合わせると離れなくなり、その状態で血を吸い、敵をミイラ化させる。如月左衛門の妹。

登場人物(伊賀鍔隠れ衆)

お幻(おげん)

伊賀鍔隠れ衆頭領。人声で鷹を操る。かつての甲賀弾正の恋人。

朧(おぼろ)

見たものの忍術を無効化する破幻の術を使う。お幻の孫。甲賀弦之介の恋人。

夜叉丸(やしゃまる)

女性の髪を撚り合わせ、獣油を塗った細い縄は十数メートル伸び、敵の皮膚を切り裂く。蛍火の恋人。

小豆 蠟斎(あずき ろうさい)

手足をあらゆる方向へ伸縮させ、触れたものを刃物のように切り飛ばす。

薬師寺 天膳(やくしじ てんぜん)

不死の能力により、死んでも蘇る能力を持つ。170年以上、生き続けている旨の描写があり、寿命も常人より長いか、無いものと思われる。

雨夜 陣五郎(あまよ じんごろう)

なめくじ人間。塩に溶け、体を縮小させ、身を隠し、敵を狙うが、そのまま水分を得られないと溶け死ぬ。

筑摩 小四郎(ちくま こしろう)

吸息により、真空を作りだし、触れたものを内部から切り刻む。大鎌を武器とする。

蓑念鬼(みの ねんき)

全身が毛に覆われていて、その体毛を自由自在に動かし、あらゆるものに巻きつけ、攻撃する。体毛を針のように硬化させ、敵を刺し貫くこともできる。棒術の使い手。

蛍火(ほたるび)

蛇や蝶など、爬虫、昆虫を自在に操る。夜叉丸の恋人。

朱絹(あけぎぬ)

全身の毛穴から血を噴き出し、血の霧で敵の目をくらます。

登場人物(その他)

徳川 家康(とくがわ いえやす)

73歳。豊臣攻略は目前だが、高齢のため、世継ぎに頭を悩ます。

竹千代(たけちよ)

のちの徳川家光。国千代の兄だが、どもりがあり、ぼんやりしているところがある。伊賀が勝つと三代目徳川将軍になる。

国千代(くにちよ)

のちの徳川忠長。竹千代の弟だが、兄より愛らしく、利発。甲賀が勝つと三代目徳川将軍になる。

江与の方(えよのかた)

徳川秀忠の御台所(正室)。国千代、竹千代の母。国千代派。

阿福(おふく)

のちの春日の局。竹千代の乳母。

服部半蔵(はっとり はんぞう)

二代目服部半蔵甲賀、伊賀の忍者一族を支配におく頭領。徳川家康の家臣。

感想

再読して、登場人物と忍術についてまとめたが、改めて面白かったのは、現実離れした忍術について、事実に基づく(ような?)詳細な説明により、ある種のリアリティを持たせていることである。例として、朱絹の全身から血を噴き出す術にの説明を引用する。

古来、人間の皮膚に生ずるウンドマーレーと呼ぶ怪出血現象がある。なんの傷もないのに、目、頭、胸、四肢からふいに血をながすものであって、ある種の精神感動が血管壁の透過性を昂進させ、血球や血漿が血管壁から漏出するのだ。思うに、この朱絹は、この怪出血現象を意思的にみずから肉体に起こすことを可能とした女であったに相違ない。

ウンドマーレー!?なんだかよく分からないけれど、妙な説得力にワクワクしないだろうか。(ちなみに、山風のお父様は医者で、当人も医大卒)奇想天外な発想に驚嘆し、さらにこれらを一切出し惜しむことなく、次々と退場させてしまう潔さ。どちらの術が優れているかではなく、戦う相手との相性によって、勝敗が決まるスリル。一作目からこんなに完成度の高い作品を作ってしまって、大丈夫かと心配になるほど面白いので、未読でシリーズに興味のある方には、ぜひ最初に手にとって欲しい作品である。

関連作品